江戸幕府を支えた金銀資源の眠る山
佐渡の西北部、相川の街で17世紀に起こったゴールドラッシュ。江戸幕府管理下により金銀の採掘が進められ、その坑道は総延長400kmにも及んだ。その年間産出量は、最盛期には金400kg、銀40t以上と言われ、当時では世界最大規模の金山であったと言われる。その財力は300年続いた江戸幕府を支え、寒村であった島が全国から集まる採掘労働者で、人口5万を超える町が誕生するほどであった。一方で、過酷な労働により亡くなった人々もあり、その墓も悲劇の遺産として残る。390年続いた金山の歴史は1989年に終わったが、現在でもその遺跡が多く残され、貴重な歴史資料として一般に公開されている。金採掘のために深くV字に断ち割られた山の史跡「道遊の割戸」、20世紀に作られたにもかかわらず、すでに遺跡の風情をたたえる巨大な「浮遊選鉱場跡」など、印象的な景観も興味深い。
金山の歴史を伝える様々なコース
「佐渡金山」には4つの見学コースが設けられ、様々な視点から金山の歴史を知ることができる。19世紀末の近代化の時代に主要鉱脈の開発のために作られた坑道や機械工場が見学できる「道遊坑コース」、江戸時代に掘られ、その様子を人形などで再現した国の史跡に指定される「宗太夫坑コース」、江戸時代の山師が開削し400年の時を越え現存する坑道を懐中電灯を頼りに巡る「山師コース」*要事前予約、19世紀近代以降の産業遺産をバスで巡る「産業遺産コース」などがある。すべてのコースには資料館の見学も含まれているので、金銀採掘に沸いた山の歴史を興味深く学ぶことができるだろう。