天皇の静養地
1899年、大正天皇のご静養地として建てられた。驚くほど手入れが行き届いており、今でも御用邸として使われているかのようなリアリティだ。必ず見ておきたいところを紹介しよう。
謁見所(えっけんじょ): 天皇陛下が公式の面会に使用され、御用邸の中でもっとも重要な部屋。柱や天井には木曽ヒノキの中でも最高の木材を使用し、技術を駆使して作られている。白木の美しさが引き立ち、格式と伝統が感じられる。
剣璽(けんじ)の間: 歴代天皇が継承する三種の神器(鏡、剣、勾玉(まがたま))のうち、剣と勾玉は天皇が移動の際に持参。天皇の滞在中は剣璽の間に安置する。専用の部屋があるのは田母沢御用邸のみ。奥の畳にはもっとも格式が高い繧繝縁(うんげんべり)が用いられている。
それぞれの時代の建築技術がみられる
江戸時代の建築技術: 江戸時代後期の建築様式を伝える天皇陛下の書斎として使われていた御学問所(おがくもんじょ)は、もとは「梅の間」と呼ばれていた。この建物は1872年(明治5年)に皇室に献上され、赤坂離宮となり、 移築されてきた。江戸時代に描かれたふすま絵や杉戸絵はほぼ当時の色調のまま。
明治時代の建築技術: 御車寄(みくるまよせ)は明治時代に増築された東京の赤坂離宮(皇室の建物)から移されたもの。公式の玄関として使用されていた。皇后宮(こうごうぐう)には皇后の執務室などがある。
大正時代の建築技術: 大正時代に入って増築された部分で、御玉突所(おたまつきじょ)は外国のお客様との交遊のための部屋。4つ玉と呼ばれるポケットのないビリヤード台が置かれている。床はケヤキの板目で寄席木張り。