天皇の病気平癒を祈って建てられた寺
745年、聖武天皇の病気平癒のために、光明皇后が新薬師寺を建立し、薬師如来像7躯を祀ったとされる。当時は広大な敷地で100人を超える僧が生活し、薬師如来像を祀った金堂は平城宮の大極殿よりも大きかった。780年に落雷でほとんどの建物を焼失、食堂として使われていたお堂が現在の金堂(本堂)として使用されるようになった。金堂は貴重な奈良時代・創建当時の建物で、簡素で力強い造り、天井は屋根裏がなく、屋根板の裏側までが見渡せる吹き抜けのような造りが特徴的。新薬師寺という名前は「新しい薬師寺」ではなく、「霊験新たかな薬師如来さまを祀ったお寺」という意味で、西ノ京の薬師寺とは関係がない。
大迫力のガードマン十二神将
薬師如来は左手に持つ薬壷(やっこ)にはあらゆる病を治す万能の霊薬が入っているとされ、人々の心身の健康を守る仏として、奈良時代には薬師信仰が盛んであった。その薬師如来を悪魔からまもり、勇敢に闘った善神12体が、穏やかな顔をした薬師如来のまわりを迫力ある鋭い視線で「十二神将(じゅうにしんしょう)」が配置されている。十二神将はそれぞれが個性豊かで、表情、動きなどが一体ずつ異なる。苦行中の薬師如来を妨害する悪魔との闘いに挑み、12の方角に分かれ、総勢8万4千の大軍団を率いて悪魔を追い払った後も二度と悪魔を近づけないために、絶えず護衛を続けているとされる。また、現在の研究で、土色をしている十二神将は、元々は色彩豊かな赤、青、緑、金色など鮮やかな極彩色で彩られていたことがわかっている。十二神将が薬師如来と共に憂いのない世の中を願い、恐ろしい表情の下に慈悲が満ちている姿は必見。