日本の芸術発展のための礎となった美術館
豊富なコレクションの基礎を築いたのは実業家・大原孫三郎と画家・児島虎次郎。今でこそ西洋絵画は身近な存在だが、海外の情報を得ることが容易でない時代に収集した名品の数々は日本で高い関心をもって受け入れられた。美術館創設当時の公共精神「若い芸術家や一般の愛好者のために優れた美術品を鑑賞、研究する場を提供する」は現在まで受け継がれ、そのコレクションはそれぞれの時代を反映しながら発展を続けた。モネ、ルノワール、ゴーギャン、ピカソなど世界的巨匠たちの名画が多く、美術館初心者でも楽しめる。中でもエル・グレコの作品は日本に2つしかなく、そのうちの1つ「受胎告知」が大原美術館にあり、この絵画を目当てに訪れる人も多い。
倉敷の町に溶け込む建物群も見どころ
大原美術館は時代とともに発展。1961年には近代日本の洋画を展示する「分館」、土蔵を改造した「工芸館」を開館。その後、中国美術を公開する「東洋館」や倉敷アイビースクエア内には「児島虎次郎記念館」をオープンするなどコレクションを充実させ、成長してきた。また工芸館横の池にある睡蓮は大変貴重なもの。2000年にフランス・ジヴェルニーにあるモネの自宅庭園から 株分けされたもので、クロード・モネの描いた「睡蓮」の子孫だからだ。1年に1回、6月~10月頃まで見ることができ、期間中は黄色やピンクの可憐な睡蓮が来館する人を魅了する。