軍艦島

高度成長期 炭鉱労働者たちの生活が残された島 軍艦島

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石炭最盛期には東京の人口密度の9倍以上の人々が密集して生活していた軍艦島。30年間放置されていた廃墟の無人島には当時の生活がそのまま残されている。
営業時間
土 ( 10:0 AM ~ 4:0 PM )
日 ( 10:0 AM ~ 4:0 PM )
平日 ( 10:0 AM ~ 4:0 PM )

ツアーでのみ上陸可能 軍艦島コンシェルジュ 午前便 集合時間10:10 出航10:40 帰港13:00 午後便集合時間 13:30 出航14:00 帰港16:20 [close] 悪天候の場合は欠航となります
料金
Adult: 3,600 JPY
Children: 1,700 JPY

上記はクルーズツアー料金(平日) 別途入場料300円(こども150円)要 土日祝日、春・夏・冬休み(3/20~4/7,7/20~8/31,12/23~1/7) 大人3900円 こども1900円
住所
長崎県長崎市 高島町端島 軍艦島
電話番号
(095) 895-9300

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About

最盛期の1960年には5,300人が住み、人口密度は世界一

長崎港から船で30分の場所にある端島(はしま)で1810年頃に石炭が発見され、それから80年ほど経過した1890年に三菱社が島全体と鉱区の権利を買い取り、本格的に石炭の発掘が開始された。島の形が軍艦に見えることから軍艦島と呼ばれた。島の半分以上は鉱場で、残りの土地に病院や学校・寺院・神社・派出所や映画館・理髪店などが立ち並び、完全な都市として機能していた。最盛期の1960年には5,300人が住み、人口密度は世界一で、東京の人口密度の9倍以上だった。日本初の高層鉄筋コンクリートアパートや日本発の海底水道や日本初の屋上庭園など、最先端技術が取り入れられ、現代の大都市に通じる近未来都市だった。主要エネルギーであった石炭が石油へと移り、衰退の一途をたどった。1974年1月に閉山、この年の4月に全ての住民が島から離れ、軍艦島は無人島となった。それ以来、島への立ち入りが禁止されていたが、2009年より観光・見学が可能となった。 廃墟でありつつも、テレビを始めとする家電や生活の名残がそのまま放置され、島全体が繁栄当時のまま残っており、高度成長期の日本を感じることができる。 ツアー会社がいくつかあり、長崎港より高速船で出発。軍艦島には老朽化した鉄筋コンクリートの建物が密集して大変危険なため、船で島の周りを一周して見学となる。その後、島に上陸し、ガイドとともに約1時間の見学ができる。英語が話せるガイドもいるので、事前に問合せが必要。

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